「あー疲れた。もうダメ」
場所はメトロの会議室。
入って来たと思えば椅子にがたっとなだれ込むようにして座り込んだ半蔵門。
「ん?どうかしたの」
その正面には優雅に紅茶と高そうなクッキーをお供にくつろいでいた銀座がいきなりの乱入者に声をかけた。
一見優しそうに聞こえるが、その実問いただしている要素が入ってる事は否めない。
いつもならばそんな銀座にさすがの半蔵門も怖くなって居住まいを正すなりしただろうが、今回はぴくりとも動かないまま。
(これはなかなかに重傷だな)
そう感じた銀座はしょうがなく、こちらから聞くしかないのかと机に突っ伏している半蔵門へと向きなおった。
「なに、また東武さんとなにかあった?それとも東急さんかい?」
この二つの名前を出した途端ぴくりと反応する身体。
今日は確か朝に半蔵門線内での故障でどちらとも直通を切られていたっけ。と思い出したことから推測すれば大当たりだったようである。
「朝、伊勢崎に待って、って頼み込んだんだけど、問答無用って切られて…」
机の上に投げ出していた腕を引き寄せてとつとつと話しだす半蔵門。
「田都には、自業自得って切られて……」
顔を腕に埋めているせいで声がくぐもってよく聞こえないが、半蔵門にしては珍しくとてもネガティブになっているようだ。直通を切られることなんてこれまでもたくさんあったというのに……。だが、次の一言で銀座は全てを悟ることができた。
「ーーにも、そんなんじゃ、もう、面倒見きれないって」
なんだ、結局はそこに行き着くというわけか。
半蔵門にとって、伊勢崎と田都に直通を切られたということはまぁそれなりに困った状況であっただろう。だけれど、一番重要なのはーー
「日比谷に、愛想つかれたと思った?」
なんだ、そんなこと。というように苦笑もこめてそう問いかける。
今度は日比谷の名前が出た瞬間、俯いていた顔が勢いよく持ち上げられる。その顔は泣いていなくとも、辛そうにゆがめられていた。対する銀座は微笑みを持って次を促す。
「だって、今までだって、こんなことしょっちゅうあったんだっ。それなのに…!」
いつものように北千住で日比谷とはちあわせた半蔵門。目が合って、にやっとしてしまう顔はそのままにあちらへと駆けていく。いつものように、今回の失敗を話して、馬鹿じゃないの。っていわれて。なあなあになってそのままお昼にでも誘っていこう!
としたのに。
「お前、いい加減にしろよ。もう俺だって面倒みきれないんだからな」
いつものような呆れた目ではなく、凍てつくような冷たい瞳。
その瞳をみて身体の動きが全て止まった。笑ったまま停止した思考では何を言われたか完璧に理解できない。
そして、それだけ言い残して立ち去っていった日比谷を見送ることしかできなかった。
「ほんとに、嫌われたかも」
室内に風が入りさらりと髪がゆれる。
さきほどのことを思い出すと本当に泣きそうになってくる。
すると、俺の話しを黙って聞いていた銀座はいつのまにいれたのかお手製の紅茶をこちらへと差し出し、にっこりと微笑み一つ。
「それは半蔵門を思って言ったんじゃない?」
「俺を、思って…?」
銀座の笑みには人を動かす力があると思う。怖いときもあるけれど、今は人を落ち着かせる笑み。
「そう。もっと自覚を持って走らないと、利用者もいなくなっちゃうよって心配してるんだよ、きっと」
「でも…あんな瞳。俺、見たことない」
冷たい、人を射るような目つきは、思い出すだけで精一杯だ。それが自分に向けられていただなんて考えたくもない。
「まったく、二人ともしょうがないんだから」
「え…?」
そう問えば、言葉とは裏腹に楽しそうな笑顔の銀座。
「日比谷はさ、素直じゃないからね。ついつい言い過ぎだって思っても止められないところがあるから。今回だって、きっと悪かったって思ってるはずだよ」
「でも……」
「瞳が怖かったって言うのも、自己嫌悪してそうなっちゃったんじゃないかな?まぁ、でも一番は本人に確かめることだよね」
ねぇ、日比谷。
顔を後ろへと傾けて声をかけたかと思えば、ちょうどここからは死角だった棚の後ろから気まずそうに出て来た日比谷。
「……なんでわかったの」
「この部屋はどこも窓は開いてないのに風が通ったからね。誰かがドアを開けたのかなって思ったけど誰も入ってこない。ってことはここには入ってきづらい日比谷かなって」
「はぁ…。本当君って時々怖いよね」
降参とばかりに肩をすくめてこちらへと歩いてくる日比谷。だけれどいきなりのことにまた追いつけない半蔵門は驚いたまま思考は停止状態。
「厳しくするのもいいけれど、たまには優しさも必要なんだよ?」
「それは実体験から言ってるの?……でも、別にいつも厳しいってわけじゃないよ」
そこでふと半蔵門に目を向ければびくっと大げさなまでに跳ねた肩。それにひとつため息をついて一言。
「ほら、行くよ、半蔵門。お昼まだなんだろ」
「え…でも、だって……!」
「いいから、今日は僕の奢りだよ。……さっきのお詫びで」
そう半蔵門の手を引いて最後に付け足せば悲しみにくれていた瞳に活気がやどる。
「じゃあ、それって!」
「……さっきは、ごめんってこと。さっさとしないなら本当にもう知らないよ」
「うわ、ちょっと待ってよ…!じゃあさ、もう怒ってないんだよね?」
「だからそういってるじゃん。ほんとにしょうがないなぁ…」
日比谷の顔は若干赤く染まっていたが、先ほどの一件はなかったかのようにその後ろ姿を追う半蔵門はもういつも通り。
「うちの子達も困ったもんだね。でもまぁ、たまにはこんな日もあっていいのかな」
また優雅にティーカップを傾けながら目を閉じる。
うん!今日の運行も異常なし。
銀座様の相談室 ファイルNo.1 ZHの場合