「嵐、か……」


「嵐、だね」


「もう僕やだよー。どうしよう京浜東北!」


「そんなこといわれたってどうしようもできないよ」



窓に叩き付けるような雨。バケツをひっくり返したかのよう、というのは言い得て妙というもの。この雨の中走っているため既に皆の身体は濡れ鼠だった。


「昨日から対策を練っていたとはいえ、かなり酷いね」
「七割運行じゃなくてもう止めようぜ!無理だってこれは」
宇都宮が髪から滴る雫をタオルで拭きながら、もううんざりだという顔をする。高崎は濡れた身体など意にも介さず椅子にどかりと座り込んだ。

「湘南新宿も止めちゃったんでしょー!僕も休みたい!てか休む!!」
「馬鹿なこと言わないでよ埼京。僕たちが運休したらクレームなんかじゃ済まないよ」
窓の桟にすがりながら駄々をこねる埼京を京浜東北が冷静に切り捨てる。濡れた眼鏡を拭きながら返すが、その顔はどんよりとしていた。


「今日は珍しく武蔵野だって走っているんだ。僕らが止まるわけにはいかないだろ?プライド的に」
「でも京葉は止まってる」
「あいつはいいんだよ」
今頃武蔵野が抗議にでも行ってるさ。京浜東北はあきれたようにそう呟いた。
文句を言いながら走る武蔵野が目に浮かぶ。ぶすくれながらも埼京は口を閉じた。
隣ではタオルで大方身体を拭いた宇都宮がそのタオルを高崎へと頭へ押しやるようにして目線を窓へと向ける。


「航空も朝から欠便を出しているそうじゃないか。こういう時こそ僕たちの利便性を追求しなきゃ」
「偉そうなこと言ってるけど、湘南新宿は…」
「何かな埼京。何か言った?」
宇都宮にそう笑顔で問われれば、埼京はびくっと震えた後「……なんでもない」と不服そうに口を尖らせた。



まったく宇都宮はいつもこうだ。笑顔で人をねじ伏せる。上官に対する態度にしても慇懃無礼というかなんというか…。こいつとずっと一緒にいるなんて誰にもできやしない!
そこまで考えて埼京はふと隣を伺った。あぁ、そういえば一人だけ例外がいるか……。
窓の外の豪雨を死んだ魚のような目で見ながら、先ほどからずっと「無理だよなぁ」と一人ごちる高崎。そんな高崎に対し「ぶつくさ言う暇あるなら走ってきな」と頭に押し付けたタオルを上から押すように嫌がらせをする宇都宮。




「ほんと、分かりやすいよね」
「え…?」
眼鏡をくいと押し上げ、タオルで拭き取った髪を指で梳く京浜東北。拭き取りきらなかった水滴がぽたぽたと落ちる様を見ながらそういった。唐突なその一言に何のことだか分からなくて埼京は呆然と京浜東北を見上げる。

「宇都宮と高崎」

見てみなよ。と視線を促され目線をまた隣へと向ける。……確かに、これは分かりやすい。
宇都宮はタオルで高崎の頭をこずいたりと嫌がらせを続行しているが、その合間に手先は優しく高崎の髪を拭いていた。そして高崎も「やめろよ!」などと反抗しながらもその実されるがままになっている。
あーあ、なんだかんだ言いながらこいつらははっきりいって仲がいいもんね。傍からみたらじゃれ合っているようにしか見えない。そう思ってないのは当の本人達だけ。
こんな悪天候の日にこんなものまで見せつけられて埼京の気分は急降下である。なにかあいつらに天罰が下ればいい。そしたら少しはすっきりするはずだ。そんな八つ当たりめいたことを考えていたとき、扉の向こうからだだだっとものすごい足音が聞こえた。そして間髪入れずに勢いよくばんっと開く扉。


「やぁ諸君!今日も元気に走っているかい?」


紫の髪に青い制服。入ってきた時点で誰かなんて分かっているけど。


「常磐。こんなところまで来てどうした?」
もっともな質問を返す京浜東北に常磐はしたり顔をしてみせる。


「いやぁ、こんな悪天候のなか馬車馬のごとく走らされてるかわいそうな君たちを応援しにきてあげたんだよ!」
「何いってるの?常磐だって…」
「残念でした!俺は運休でーす!」
だから応援しにきたんだって!とけらけら笑う常磐をどうにかしてやりたいと思うのは僕だけじゃないはずだ。どうせこいつは応援という名のからかいに来ただけ。
うんざりした顔で常磐をみていれば、その目は埼京の隣へと移った。そこには我関せずとばかりに高崎の髪を拭き続ける宇都宮とことの成り行きを傍観している高崎。常磐の口がにやりと上がる。


「あっれー、うつのみやぁ?今日は高崎に優しいんだね!だからこんな悪天候なのかなぁ?」
「そう?僕はいつでもだれにでも優しいつもりだけど」
笑顔と笑顔の応酬。その間に挟まれている高崎はやっと自分の状況を理解したようで、慌てて椅子から飛び降りた。急にあたふたとし始めた高崎は常磐へと勢いよく振り向く。


「そ、そうだ!こいつは別に優しくなんかないぞ!!」
「高崎?それは聞き捨てならないなぁ……」
「いやっ、そういう意味でもなくってだな…!」
更におろおろと動揺しはじめた高崎を見ているとさすがにかわいそうになってくる。でもからかうことが大好きなこの二人にまっすぐな高崎は格好の獲物だからしょうがない。しかも笑ってはいるが宇都宮は絶対に怒ってる。その証拠に口元がぴくっと引きつっているのが見えた。
神様っているのかも。こんなに早く僕の願いが叶った。


「まぁ、何事も上手くいくわけないってことだよ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる三人をみながら京浜東北が薄く笑った。「バチがあたったんだよ。僕たちにみせつけた」そうこぼせば小さくもれる笑い声。こいつが笑うなんて珍しい。


「上官が騒ぎをききつけて来る前に収まればいいけど」
「うわっ!怒られんのやだよ僕!」
「じゃあ一足先に戻るとするか」
慌てて立ち上がり京浜東北についていく。喧嘩なんて日常茶飯事、すごく仲がいいともいえない。こんな嵐の日だっていつも通り。色々な思惑が交差するけれど、それでも僕らは走り続ける。



「おら!どうなんだよ高崎!」

「もちろん僕だよね?」

「……もう勘弁してください」


そんなやりとりを背にして部屋を後にする。いつもいちゃいちゃしているんだからこのぐらいのことは我慢してもらわなくちゃ。神様どうか


「雨と僕の乗車率が少なくなりますように!」






宇都宮の受難