冬も終わりといえどまだまだ夜は肌寒い。

終電がやっと出ていったホームのベンチに座りながら高崎は身体を震わせた。ホームから見える夜空はまだ澄んでいて星があちらこちらで瞬いている。それをなんとはなしに見上げながら口元に手をかざし、ほぅと一息つく。一日の疲れをじわじわと感じながら、ぼーっとその余韻に浸るというのも高崎にとっては好きな時間の一つだった。


「お疲れさま」
「ぅおっ!!……なんだお前かよ」
思いがけずすぐ近くで呼びかけられたことに驚いて振り向けば、自分とそっくりなもう一人が立っていた。そっくりというのはあくまで外見上の話、でだが。


「なかなかホームから帰ってこないから来てみれば、阿呆面した君がいたから声をかけたのに…。その反応はないんじゃない?」
「阿呆面って……宇都宮、お前なぁ俺だって考え事くらいするときもあるんだよ」
「へぇ。考え事ってたとえば?」
「……仕事のこととか」
宇都宮は高崎の隣に座るとそう問いかけた。
性格は高崎とは正反対。言い合いだってたくさんする。だけれどその関係が心地よくて、いままで一緒に走ってきた。負けたくない、からだろうか。宇都宮といるといつもならどうでもいいと思うことまで意地を張って答えてしまう。今だってそうだ。何にも考えてなかったくせに適当なことを言ってみた。


「そう。それならよかった。
 僕がここにきたのは、もし君が今日の遅延に巻き込まれた僕のことをほっといて先に帰っていたらどうしようかと思っていたからでね。だから、もちろんその考え事っていうのも自分の遅延に関係ない僕まで巻き込んだことへのお詫びについてだよね?」
「あ……。そ、そうだ!そうに決まってんだろ!!」
今日の終電は予定を大幅に過ぎての発車となってしまった。原因は高崎の遅延によるものだが、そうなると必然的に宇都宮もその被害を被る。業務がやっと終わった開放感でそのことはすっかり忘れていた。……なんてことは宇都宮には死んでも言えないが。


「なんだ、その、今度メシでも奢ってやっからさ。それでチャラにするってのはどーだ?」
「……君は僕がそんな提案で今回のことがなかったことになるなんて思ってるの?思ってないよね」
「……はい。思ってません」
いつもうさんくさい笑顔を浮かべているこいつがさらに笑みを深めて問いかけてくる。最後のはもはや問いかけではなく断定である。宇都宮が何を考えているのかなんて分からないが、とりあえず今分かることは怒っているということ。こういうときは素直に従っておくべきだということも経験から把握済みだ。

「じゃあ何すりゃいいんだよ」
「そうだなぁ。それじゃあ明日の湘南新宿ラインは全部高崎が走るというのはどうだい?あとは、今日の業務報告も高崎持ちで」
「な…!んなことできるわけねぇだろ!湘南新宿はそっちからだって利用客もいるし。だいたい業務報告だってお前がいっつも書いてんだから俺が分かるわけねぇだろ」
「湘南新宿は大宮で乗り換えてもらえればいけるでしょ?それに当たり前みたいに言ってるけど、業務報告は僕に余裕があるときに高崎の分を書いてあげているだけでもともとは君が書くものなんだからね。」
高崎はぐっと言いつまった。いつものことだが宇都宮の言うことは正論で、頭の回転があまり速くない、悪く言えば普通よりも遅い高崎は口では勝てたことがない。それでも正論をもっていつも理不尽な事を押し付けられている高崎にしてみれば無駄なあがきだとしても抵抗してみたくもなる。しかし今回ばかりは高崎に非があるのは重々承知だ。なので高崎は渋々とうなずくことにした。


「だあっ!わかったよ。やりゃあいいんだろやりゃあ……」
「君、本当に分かってる?湘南新宿を一人で走れるわけがないだろう。ちょっとはその足りない頭を使って考えてみたら?」
「んなっ、お前が言ったんだろお前が……!!」
「まぁそういうことで。湘南新宿はしかたないから僕が走るけど、業務報告はよろしくね。明日の奢りも楽しみだよ」
それじゃあ。と後ろ手に手を振りながら帰っていく宇都宮。あいつはいつもそうだ。高崎の一歩どころか何歩も先へ行き、高崎はそれに翻弄される。あいつに並びたくて、背中を追いかけるのはいつも高崎の方。それを思って高崎は深いため息をついた。


「……ん?」
手を隣につこうとしたら指先に冷たく固い感触。そちらに視線を動かせばベンチの上に缶コーヒーと一枚の紙切れ。

(今日も1日お疲れさま。差し入れだよ)

それを見やれば自然と上がる口角。まったく、素直じゃないやつ。高崎はベンチから勢いよく立ち上がると伸びをした。
「よし!さっさと終わらせるとするか!」
宇都宮にうまくのせられている気がするがそれは考えないようにする。ほんの少しの気遣いで自分がこんなに喜んでいることに驚きながらも執務室を目指す。
部屋に帰ったら宇都宮に一言いってやらないとな。


明日の奢りは無理だ!



素直じゃない