暗い夜空には都会の濁った空にも負けじと仄かに輝く星々。
そしてその下にはぼうっと淡い光を自ら放つかのような白。
ライトアップされて映し出されたそれはここにいる誰の目も引きつけた。
「寒くはないか?」
そういって気遣わしげに差し出されたコートを恥ずかしさから俯かせた顔を精一杯に振って大丈夫だとアピールする。
そうか。とそれを着るでもなく片腕に抱え直した東北はまた先ほどのように桜へと視線を送った。
なんでこんな状況になってしまったんだろう…。越子はどうしようもないとは知りながらも事の発端を思い出した。
それは一週間前。
お花見に行こう!というひねりもなにもない題名がついた企画を東海道が立て、山陽が高速鉄道たちへと知らせたことから。
朝のミーティングではその詳細が知らされた。さすがに全員一緒ににお花見になどいけるわけがないので、二つのグループに分かれて行うということらしい。そのグループ分けも運行の関係で相方とは必然的にばらばらになる。そのことが分かり越子は誰にも気づかれないようにほっと息を吐き出し、配られたグループ表に目を通す。
そこにはつばさ子、秋田、東北、越子、長野、道子、陽子の文字。まぁ妥当なグループ分けといったところかな。争いが起きそうな組み合わせもみつからないので平和にできるだろう、と胸を撫で下ろす。
それはそうと、と文字の羅列に目を滑らせ一つの単語に目を留める。ちょうど自分の左隣にある名前をもう一度確認し、顔に出てしまいそうなほどに高鳴る胸をおさめるように紙をぎゅっと握った。
東北、さん……
(「大丈夫か?…お前もいつも大変だな」)
頭にぽんとのせられた優しい手。
上越にいじめられる日常茶飯事に癒しをくれたのは東北だった。その東北と一緒にお花見……そう考えただけで何でも乗り越えられそう。そう気合いを入れ直しすっくと立ち上がると笑顔で部屋を出ていく。その後ろ姿を微笑ましげに見ていた視線なんて気づきもせずに。
そして当日。
いつもより念入りに身だしなみをチェックしてお花見会場へと向かう。
桜も満開で花見をするにはもってこいの一日だ。
遠足当日の子供のように浮かれながら到着した。まではよかった。
「はやく酒もってきなさいよー!!」
「はいはい。もうお酒はだめよ。飲むならこっちにしなさい」
「なによ陽子!水なんて邪道よ。まだまだ私は大丈夫!飲むわよ!」
始まった途端にお酒を飲みだした道子は宴会の中盤にもなると暴れだしてしまった。
それを押さえる陽子にその隣に座っている越子もどう対応しようかと考えあぐねていた。
「道子ちゃん…大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。いつも内に溜めちゃうから……今日くらいは発散させてあげないと」
ね。とウィンク一つ。陽子ちゃんは大人な対応ができてすごいなぁ…と感心してしまう。
「えっちゃん、のっこも疲れたよぉ」
「そうだね。寝てても大丈夫だよ」
目をこすりながら眠たそうにする乃子に声をかけ、はぁとため息。
顔を上げれば秋田と話す東北が見える。
お酒が入っているからかいつもより柔らかい表情につい見とれてしまう。
でも、こんな騒ぎじゃあ話すことさえもできないんだろうな……。
いつもだって奥手である越子は東北に話しかけることから難しい行動だった。
自分が変わらなきゃ何も変わらないことは分かっている。
けれどそれが難しい。堂々巡りな思考に終止符をうつように越子は手に持ったお酒をぐいっと飲み干した。
「じゃあ、このへんでお開きにしましょうか」
陽子がそう切り出したのは空も少し薄暗くなった夕方。
酒につぶれた道子を支えながら周囲を見渡す。
「のっこも寝ちまったから誰かさ運ばねぇと」
「そうだねぇ」
つばさ子が越子の隣で眠る乃子を見ながらいえば、秋田がそれに頷いた。
「そうねぇ…でも誰かがここを片付けなくちゃ……」
そこで不意に言葉を区切った陽子がこちらを向く。そしていかにも裏がありますと言ったような満面の笑み。
「それじゃあこうしましょう!越子と東北がここを片付けること!私とつばさ子と秋田で道子とのっ子を運ぶわよ」
「え…!」
いきなりの提案に驚愕の声を出して陽子をみれば耳元でそっと一言。
「今日は東北と一言も話せなかったでしょ?だから、次頑張るのよ!」
その言葉にかぁっと赤くなった顔。それを見てか最初はその提案になんとなく頷いていた秋田とつばさ子もしたり顔でこちらを見てくる。
あれ……もしかして私が東北さんを気にしてたって、ばれてるの……?
「そうさね、それがいいべ」
「うんうん!東北、越子と片付け任せたよ。二人でごゆっくり!」
にやにやと笑いながら去っていく他のメンバー。秋田は東北に近づくと肩にポンと手をのせる。それに東北は秋田の言った意味を理解してかしないでか、頷きひとつでかえす。
後に残るは二人と沈黙のみ。
「……片付けるか」
「は、はい!」
片付けも終わり少し休もうか、と座ったベンチで何となく桜を見上げる今現在。
夜になり気温もだんだんと冷えて涼しくなる中、東北はYシャツ一枚でそのまま羽織ろうとしない。
越子も俯いているのでせっかくの桜も堪能できずに沈黙だけが続く。
「お前は……」
ふいにかけられた声にびくりとおおげさに肩を揺らして反応してしまう。けれどもやはり目線は自分の膝。
「お前は気を使い過ぎだ」
「え……?」
「もう少し周りを頼ってもいいと思うぞ」
その言葉に驚いて勢いよく顔を上げればそこには彼には珍しく優しげな顔。
「お前は遠慮しすぎる。たまには自分のしたいことをしてみたらどうだ」
「したいこと……」
ぽつりとそう呟けばゆっくりと頷く東北。
私のしたいこと……確かにいつも自分の主張というものはほとんど出さない。それでも……
「大丈夫です。私のお願いごとはいつも叶ってますよ」
「……どういうことだ?」
「だって、私は……東北さんとこうやって一緒にいれる時間が一番嬉しいんです」
そう越子が本当に嬉しそうにいえば、目を見開いて固まる東北。
その反応に思わずきょとんとするが、自分の発言がどんなに大胆だったかを思いだした越子は沸騰しそうなほどに熱くなる頬を震わせて東北に詰め寄った。
「あ、あの!今のは……!!」
「俺と、一緒にいる時間、か」
「ひゃあ!あのあの、東北さんというかみんなと一緒にいることが……」
「なんだ、俺は別にいなくていいということか」
「ち、違います!!」
慌てて否定すれば目の前にはなんとも楽しそうで意地悪そうな顔。
こんなに表情豊かな東北さんは初めて見たかも。
「もしかして……からかいましたか?」
「ふっ。ああ、あまりにもお前の反応がいいからつい、な」
「つい、じゃありませんよぅ!東北さんひどいです!!」
「ああ、悪かった。だから機嫌を直せ、越子」
涙目になりながら抗議をすれば、笑いながらぽんと頭におかれる手。
そしてただ名前を呼ばれただけなのに鼓動が早くなる胸になす術はなく。
「越子」
再度名前を呼ばれじっと顔を見つめられれば更に早くなる鼓動。
これに次を期待してしまう自分がはしたなく感じ、赤くなる顔をかくそうとするがその視線はあまりにも真っすぐで絡み取られるように離せない。
「はい……?」
呼ばれたからには、と返事をしてみれば東北は何度か口を開いては閉じを繰り返し、一言。
「……そろそろ帰るか」
「そう、ですね」
頭におかれていた手が離れその暖かさが消えていくのを少し寂しいと感じながらそう頷いた。
越子の手よりも幾分も大きいもう片方のそれがぎゅっと握られたのを知らないで帰宅を促す。
「行きましょうか!」
「そうだな」
自然と繋がれた手に力を込めて。
「もう!じれったいわね!!男がリードしなくてどうするのよ!」
「あれさ!絶対にキスしようとしてたよね東北!!」
「二人とも気の毒だべなぁ……」
興奮する陽子と秋田に同情しながらもしっかりと見ていたつばさ子。
二人が一部始終を見られていたと気づくまであと少し。
純潔をささぐ